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AIは本当に「書いている」のか?巫女から哲学者まで、古代の著者は「ノー」と言うだろう

本記事は「書くこと」の本質を問い直し、古代ギリシャのデルフォイの巫女やプラトン、アリストテレスの考えを引きながら、真の書作には意図と人間経験が必要であり、AIにはそれが欠けていると論じる。

私はライティングとレトリックを教えているが、大学生たちと私自身もしばしば驚くほど複雑な疑問を見過ごしている。それは「書くとは何か」という問いである。人工知能が普及した現代、この問いは一層切実になっている。毎日AIが生成するニュースや詩、学術要約を読んでいるが、古代の人々——デルフォイの巫女からプラトンのアカデメイアまで——はこの「書くこと」をどう評価するだろうか。

古代ギリシャでは、巫女の神託は神の代弁と見なされ、個人の創作ではなかった。彼女たちは通道に過ぎず、作者ではなかった。同様に、アリストテレスは『詩学』で、真の文学的創作には模倣(ミメーシス)と筋立てが必要であり、それには人間性への深い理解が求められると強調した。AIは流暢な文を生成できるが、自分が何を書いているのか「知って」いない。意図、感情、世界経験が欠けているのである。

したがって、古代人が現代のAIによる「書くこと」を評価するなら、真の書作とは認めないだろう。書くことは単なる記号の配列ではなく、思想の伝達である。AIの作品はますます人間らしくなっているが、私が学生に教えているように、真贋の見分け方は、「その背後に考える『私』がいるかどうか」に尽きる。