AIにDIYの助けを求めたら、腐った切り株の上に下地床を作れと言われた。しかし貴重な教訓も得た | Myke Bartlett
著者は仕事でAIの実用アプリケーションを探る中、DIYにAIを試した。AIは悪いアドバイスをしたが、人間の判断力の価値を浮き彫りにした。
自分のデジタル指先に全人類の知識を持つボットよりも良い判断ができると気づくことほど、自尊心をくすぐることはない。
私は生来、アーリーアダプターではない。人生のある時点で、変化が刺激よりも煩わしくなる。私はほとんどの人より早くその段階に達したと思う。しかし、最近職場でAIの実用的応用を探るよう指示された時、私はラッダイト的な傾向を捨てるチャンスを見つけた。
AIは私がすでにできることのほとんどを模倣するのが非常に得意だった。品質はともかく、記事、レポート、プレゼンテーション、フィクション、さらにはどもるホストのポッドキャストまでも量産できた。それは私には役に立たなかった。私が助けを求めたのは、まったくできないことだった。明白なターゲットはDIYだ。
AIに家の切り株の修理を頼んだところ、腐った切り株の上に下地床を構築するよう提案された。それは明らかに時限爆弾だ。AIは構造の安定性や安全常識を考慮していないようだった。私は、膨大なデータを持っていても、AIには現実世界の経験と判断力が欠けていることに気づいた。
この経験から貴重な教訓を得た。AIは道具であり、決定者ではない。常識や物理的世界の理解が必要なタスクでは、人間の直感と知識が依然として不可欠だ。