有用性への反対
本稿は、「無用な」研究が将来のイノベーションに不可欠であることを論じる。Folk Computerシステムを例に、Xerox PARCからDynamiclandに至る系譜を辿り、まだ有用性が明確でない段階でのパラダイム研究への資金提供を呼びかけている。
ブルックリンの倉庫で、一枚の紙が動くコンピュータになった。印刷物ではなく、プログラムそのものだ。キーボードを紙に接続し、コードを入力して保存すると、紙は緑色に変わった。キーボードを外しても、紙はテーブルの上で光りながら動作し続けた。これはFolk Computerシステムのデモである。Omar RizwanとAndrés Cuervoが構築したオープンソースの物理コンピューティングプラットフォームだ。天井のカメラが部屋全体を監視し、プロジェクターがあらゆる表面に情報を投影する。それぞれの紙片がプログラムであり、中にはピクセルは存在しない。すべての座標はメートル単位で、部屋の中の物体の実際の位置に対応している。あなたは長方形の画面を見つめるのをやめる。コンピュータは部屋そのものとなり、他の人と一緒に立ち、話し、絵を描き、紙を動かしながらプログラミングする。
著者のOana Olteanuはベンチャーキャピタリストで、企業ソフトウェアの分野でキャリアを積んできた。彼女はこのシステムが既存のパラダイムを最適化するものではなく、デスクトップメタファーや画面、一人で長方形に向かう姿勢が五十年の回り道だったのではないかと問いかけていることに気づいた。友人のJPからFolk Computerの存在を聞き、ニューヨークへ飛んだ。その目的はもう一つ、ACM(計算機学会)のボランティア活動に参加することだった。ACMは10万人以上の会員を擁するが、最新の学習動向を見ると、全員がエージェントという同じテーマを学んでいる。
Folk Computerは突然現れたわけではない。その系譜は、1970年代にXerox PARCでAlan Kayがコンピュータを計算のための機械ではなく思考の媒体として捉えたことに始まる。KayはBret Victor、Vi Hart、Dan Ingallsを招き、サンフランシスコにCDG研究所を設立した。資金はSAPのVishal Sikkaが提供した。研究所は意図的に目立たないように運営され、研究者たちは「深い仕事」に没頭し、挨拶さえ交わさなかった。彼らのプロトタイプは「有用性に反対して」構築された。なぜなら、有用性は現在のユーザーに応えることに集中させ、未来を示すことを妨げるからだ。Victorは、クリエイターがツールによって制約されることを不公正とみなし、「機会ではなく責任」と語った。
SikkaがSAPを去るとCDGは支援を失い、研究者たちはHARCを経て、オークランドに非営利団体Dynamiclandを設立した。Dynamiclandから次世代のRizwanとCuervoが生まれ、決定的な転換としてシステムをオープンソース化した。現在、コードはGitHubに公開され、世界中の人々が自分自身のシステムを構築できる。友人が物理カードで音楽シーケンサーを作るなどの貢献も生まれている。
著者はこの系譜への資金提供パターンを分析する。Xeroxは直感でPARCを支援したが、その価値を捉えきれなかった。CDGはドイツのエンタープライズソフトウェア企業の一人の役員の信念に依存していた。Dynamiclandは寄付で運営され、初期の支援者はアートや音楽、家族資産に由来することが多かった。テクノロジー業界の人々は自分たちの関心事に忙しく、このような研究に目を向けなかった。パラダイム研究は最初は無用であるため、市場は価格をつけられず、パトロンに依存する。
著者は最後に「独立した思想家への呼びかけ」を行う。長年時代遅れとされる疑問に取り組み、オープンに構築し、進捗を数十年単位で測り、流行にアレルギーを持ち、あなたに予定していなかった言葉を言わせるような人を探している。彼女は投資、助成金、契約、紹介、空間の提供など、最適な手段で支援すると約束する。また、リソースを持つ人々にはFolk Computerから始めるよう勧める。
著者はマンハッタンで最古の計算機学会を見つけ、ブルックリンでその創設精神の最新の姿を発見した。両者は同じ八十年にわたる賭けを続けている:問い続けることをやめられない人々を集めれば、何か面白いことが起こるという信念だ。